san-nin-syuの城旅

san-nin-syuの城旅

「歴史を廻る会」の活動の様子をお伝えします。

「No0627 関東管領ゆかりの城」の報告

緊急事態宣言解除後の初めての散策会です。

2020年 6月27日(土)      
京王よみうりランド駅集合
妙覚寺→小沢城跡→<バス>→広福寺
→桝形城跡→登戸駅

3か月振りの散策会です。
集合場所では、マスク姿で、久しぶりに顔を合わせた会員さんたちが挨拶を交わしていました。本日は参加者17名です。九州、名古屋から参加された方もいます。
駅前で簡単な挨拶をしてスタートです。

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  集合場所:よみうりランド駅        駅前で挨拶


妙覚寺
住職曰く「このお寺のある丘は小沢蔵屋敷と呼ばれ小沢氏の館跡と伝わっていて、かつては馬つなぎ場もあったんですよ」とのこと。
この寺には市内最大の板碑がある。板碑とは塔婆のようなもので、関東で多く見られる。

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       妙覚寺参道              板碑

◆小沢城跡
イースタンリーグの本拠地となっている読売ジャイアンツ球場を右手に見て、ダラダラの坂(読売V通り)を上っていくと左手に城址の入り口が見えてくる。この城主は源頼朝重臣であった稲毛三郎重成(頼朝の義弟)で、その子の重政にによって拡充された。鎌倉、室町、戦国の時代を通しての度々合戦の舞台になってきた。
空堀跡、井戸跡、土塁などの遺構が確認できる。

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 V通りにある原監督の手形     案内板         城内 

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    主郭部         井戸跡        石碑

小沢城跡見学後は路線バスに乗車して移動。

◆広福寺
桝形城の北側のふもとにあり、稲毛氏の居館跡で観音堂の裏には重成の墓といわれていつ五輪塔がある。

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          広福寺: 境内で           稲葉重成の五輪塔


◆桝形(山)城
築城者は稲毛三郎重成と伝わる。この城は天然の要害をなした山城として、鎌倉時代から戦国時代にかけて戦いの場となってきた。城跡の遺構はあまり残っていないが、展望台からの眺望は素晴らしい。山頂の広場には碑が建てられ  
    『馬場あとも やかたあとも あきのかぜ』  の句が刻まれていました。
北側にある長者穴横穴墓群を確認して降りてきましたが、墓群は怖いので写真は撮りませんでした。

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      桝形門           眺望          展望台

久しぶりの歩きでかなり疲れたと思いますが、それでも皆さんお変りもなく散策会を楽しまれていました。小田急線の向ヶ丘遊園駅登戸駅まで歩き、解散をしました。
お疲れ様でした。

ご報告が遅れましたがよかったらコメントをお願いします。