san-nin-syuの城旅

san-nin-syuの城旅

「歴史を廻る会」の活動の様子をお伝えします。

縄張図片手に廻る石田城(福江城)御隠殿

五島氏庭園 二の丸の位置に現在も残っており、盛成により構想が練られたといわれている。安政5年(1858年)から2年の歳月をかけ、盛成の隠居所として造られた。鹿苑寺金閣寺)を模した林泉式庭園という回遊式の庭園である。京都の僧、善章に造らせた。庭石と築山はすべて鬼岳の溶岩を用いた特徴的なものである。植栽にビンロウジュソテツオオタニワタリキンモクセイなど南方の植物を配している点も特徴である。「心」の文字をかたどった池は、心字が池と呼ばれている。

国の名勝に指定された理由として、「江戸期の日本庭園の地方伝播の具体例」「城郭内の庭園は現存例が少ない」「作庭時期が文献に明記されている」「建物が庭園とともに保存されている」などが挙げられている。  ウィキペディアWikipedia)より引用

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●現在地       御隠殿門      御隠殿説明板    御隠殿門

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                  御隠殿

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       堪忍燈籠                 金明竹

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