san-nin-syuの城旅

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「歴史を廻る会」の活動の様子をお伝えします。

縄張図片手に廻る杉山城 中世山城縄張の教科書 大手口

杉山城は私有地と言う事ですが、地権者さまが史跡保護に大変御理解のある方で、下草も刈って整備されています。この素晴らしい中世のお城を私たちが堪能出来るのも地権者さまのおかげです。感謝申し上げます。誠に有難うございます。

杉山城は標高95m、比高は42m、中世山城縄張の教科書と言われています。折れ、横矢掛り、食い違い虎口、折れ虎口があちこちに有り私も記事を書いて迷子になる事がありました。誤っている点もあると思いますがご容赦ください。

出郭、大手口、外郭、馬出郭、南三の郭、南二の郭、井戸郭と郭を一つ一つ落としながら本郭に向かって攻め進んで行きます。

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●現在地 大手口

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●現在地 外郭からの大手口への横矢掛り

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 中世の山城。空堀跡の深さの目安 堀巾上部から大体45度の角度で薬研堀の形で掘り下げていきます。深さが幅の半分になったところで両側の斜面がぶつかります。堀巾の二分の一が大体の深さです。

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又は大体、100年で1m位埋まって行きます。

例として箕輪城上野国)の空堀が現在幅40m深さ15m。発掘調査にて堀は6m程埋まっていることが判明しています。築城時21mの深さです。築城後約500年で6mです。

土壌や気候の関係で一概には言えませんが大体の目安として山城見学の参考にしてください。 

空堀を堀る時の土砂を利用して掻揚土塁を造った。傾斜はたたき土塁で45度芝土塁で60度位です。土塁内側からの高さは低くて約2メートル、高くて3メートルほどありました。山城の土塁で原型を留めているお城は数多くはありません。また、盛土ではなく山の斜面を切土して勾配をつけ切岸にした。切岸の下は必然的に帯曲輪又は腰曲輪になります。角度は45度から60度位です。土塁も切岸も維持管理を考えて45度位が多いです。

杉山城の空堀の深さ土塁の高さなどを想像して廻るとこのお城の凄さが一層見えてきます。

漢方の製薬に用いる鉄製の道具「薬研」 左にある車輪状の道具が「薬研車」、右にある舟形の容器が「薬研」。合わせて「薬研」という。薬研のごとく断面がV字形になっている薬研堀

 

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「薬研」 毛呂山町歴史民俗資料館蔵
本日もブログを見て頂きありがとうございます。 感謝申し上げます。お城でお会いできる日を楽しみにしています。

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