san-nin-syuの城旅

san-nin-syuの城旅

「歴史を廻る会」の活動の様子をお伝えします。

縄張図片手に廻る彦根城 二の丸 船町口門跡 中濠

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●現在地

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船町口門への射線   船町口門桝形虎口

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船町口門桝形横雁木            犬走り

犬走り 塀を土塁や石垣の上に築く場合に、塀の外側に幅狭の小径状の部分。いずれも、攻城する敵の橋頭堡にならないように、できるだけ幅狭く形成される。

土塁や石垣の崩れを防ぐためのもの。又、土塁、石垣の保守点検がしやすい利点がある。 

本来の犬走りは幅が狭いものですが、丹波篠山城のものは工事の資材を置くため、又、石垣と堀の工事を同時に進める為広く設けられたようです。大坂城豊臣氏を意識した徳川家康が天下普請で築いたもので、わずか三か月という突貫工事で石垣が築かれました。

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この長く続く石垣、堀巾20間≒36mの中濠、二の丸への攻撃は必然的に長橋口門、船町口門、京橋口門、佐和口門の突破にかかってきます。

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本日もブログを見て頂きありがとうございます。 感謝申し上げます。お城でお会いできる日を楽しみにしています。

本サイトの内容(写真の説明、記事等)に誤りが含まれている可能性もあります。 どうかご容赦ください。

お城EXPO 2021 開催決定!お城EXPO 2021 開催決定!

開催概要

名称 お城EXPO 2021

会期 <前夜祭> 2021年12月17日(金)

            2021年12月18日(土)・19日(日)
会場 パシフィコ横浜ノース
   神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-2

詳しくはこちらのサイトへ

http://www.shiroexpo.jp/

発掘現場、企画展、一般公開情報、博物館イベント等へ行かれる場合には必ず公式の情報をご確認下さい。

10・11・12月の散策会の予定 7/30付

10~12月の散策会の予定です。
(変更の可能性もありますのでブログでこまめにチェックを!)
※最終のご案内は8月以降ブログに掲載します


No1002 武蔵野の城~散策会
◆期日:10/2(土)
◆集合:京王線高幡不動駅改札口10:30集合
◆会費¥4000円~5500円当日集金、交通費は各自負担)
◆募集:15名
高幡不動参拝・高幡城~深大寺城・深大寺 深大寺バス停解散

No1009 北羽州と南陸前の城~散策会
※会員様からのリクエスト企画です
◆期日:10/9(土)~/10(日)
◆事前振込:募集8名
◆延沢城、左沢楯山城等

No1030 中越の城(続編)~散策会
◆期日:10/30(土)~/31(日)
◆事前振込:募集8名
◆夏戸城、赤目城、六万騎城、北条城など


No1113 近江の城~散策会
(本年2月にコロナの為延期になったリクエストです)
◆期日:11/13(土)~/14(日)
◆事前振込:募集8名
◆観音寺大手道、小堤城山城、黒川氏城、太尾山城など

No1128 比企の城(Ⅲ)~散策会

今年3月にコロナの影響で延期とした散策会です
◆期日:11/28(日)
◆JR熊谷駅改札口 10:00集合

◆会費¥10000:昼食付(事前振込)募集14名
 花園城~花園御岳城~千馬山城など 熊谷駅解散16:30予定

No〇〇〇〇 出雲の城~散策会 
(12/3~12/6のうちの3日間を予定しています)
◆期日:飛行機代等の調整で期日未定
◆事前振込:募集8名
⦅往復路⦆羽田空港出雲空港
◆山吹城・物不言城・櫛山城・石見城・瀬戸山城・三沢城・三刀屋城等

 
8/28予定の江戸城散策会に関して

7/30時点では皇居への入場、神田川クルージングとも平常通り行われています。
今後変更が生じた場合はブログでお知らせします。まだ若干名、余裕がありますので散策会にご希望の方はお申し込みください。詳細はこちらより

 

📌まだまだ落ち着かない日々が続きますがどうぞお体を大切にお過ごしください。

 

                              歴史を廻る会

縄張図片手に廻る彦根城 二の丸 長橋口門跡

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彦根御城下惣絵図 天保7年(1836) 現地説明板複写 西の丸三重櫓から見る長橋口門跡

長橋口門跡 普段は不開門でした。付近の住宅との関係があると思いますが整備して一般公開して欲しいものです。

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長橋口門跡

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山崎橋跡

本日もブログを見て頂きありがとうございます。 感謝申し上げます。お城でお会いできる日を楽しみにしています。

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会員さんの声から 7/28付け

スマホを利用してブログを見ている数名の方から『散策会の一覧』の開き方がわからないとの声がありました。
パソコンで閲覧する場合はトップ画面の下に6つのカテゴリーがきちんと表示されるのですがスマホの場合は3~4文字しか表示されないようです。

簡単に開くために2つの方法があります(スマホご利用の方)
①カテゴリーの左から2つ目をクリックしてください。

②トップページのタイトルをクリックして一番下までスクロールしてください。
『カテゴリー』の<散策会一覧>をクリックしてください。

何かありましたら連絡ください。

★今後の散策会の申し込みに関して
前回の散策会の申し込みで、10時の時点で申し込みの着信が定員オーバーとなり会員の方にご迷惑をかけるという事態が発生しました。今後このような状況を避けたいと思い定員以上の申し込みがあった場合は抽選にしようと考えています。申し込みの方法等については後日お知らせします。


★近日中に10月から12月までの散策会の予定をおしらせします。
但し日程と場所のみです。(あくまでも予定です)

 

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

埼玉県立嵐山史跡の博物館 企画展「実相 忍びの者」今夏開催!!

企画展「実相 忍びの者」を令和3年8月7日(土)~9月20日(月・祝)の期間に開催することが決定しました。

今まで謎に包まれていた戦国時代の「忍び」の実態に、考古資料と歴史資料で迫るファン必見の画期的な展覧会です。是非ご期待ください。

詳しくはこちらのサイトへ

https://ranzan-shiseki.spec.ed.jp/%E5%B1%95%E7%A4%BA/%E4%BC%81%E7%94%BB%E5%B1%95%E7%A4%BA

「Webサイト:埼玉県立嵐山史跡の博物館

「URL:

https://ranzan-shiseki.spec.ed.jp/%E5%B1%95%E7%A4%BA/%E4%BC%81%E7%94%BB%E5%B1%95%E7%A4%BA」より引用しています。有難うございます。

コロナ過の折です。発掘現場、企画展、一般公開情報、博物館イベント等へ行かれる場合には必ず公式の情報をご確認下さい。

ネットや新聞、出版物等のお城の情報を記事にしています。著作権その他の権利に触れる可能性がある情報が多いので多くのニュースは発信出来ませんがご参考にしてください。

縄張図片手に廻る彦根城 井伊家菩提寺豪徳寺

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豪徳寺山門

豪徳寺(現・東京都世田谷区豪徳寺2丁目24番7号)

豪徳寺は世田谷城跡の西側にあり、もと世田谷吉良氏の館に接していた。世田谷城主吉良政忠が、文明12年(1480)に亡くなった伯母の菩提のために臨済宗弘徳院として創建したと伝えられます。

寛永10年(1633)、世田谷が「彦根藩世田谷領」となる。

井伊直孝が鷹狩の帰り道、門前で寺の飼い猫(たま)が手招きをする、そこで直孝は寺に入り休息していると、突然の大雨と落雷があり、難を逃れることができた。その時の僧の説法から帰依することを決め、井伊家の菩提寺となり、寺勢が再興した。直孝の没後、直孝の院号「久昌院殿豪徳天英居士」にちなんで寺の名は豪徳寺と改められた。後に、お寺に福を招いた猫「たま」の墓を建て祀ったことが、招き猫信仰の起源といわれ、現在では『招き猫発祥の地』ともいわれる。

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井伊家墓所

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仏殿 延宝5年(1677年)建立。仏殿の正面に篆額「弎世佛」があり、現在・過去・未来の三世を意味する諸佛などが安置されています。平成2年(1990年)に世田谷区指定有形文化財に指定されました 

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 井伊家江戸藩邸の赤門 井伊家の菩提寺には、彦根藩江戸屋敷のものと伝わる赤門が移築されています。小さな門のため、江戸屋敷内のどこで使われていたかなどはわかりません。ただ井伊の赤備えを今に伝える貴重な江戸の名残だと思います。

社務所玄関は、関東大震災後に佐倉藩堀田家江戸屋敷書院を移築したものだそうです。譜代11万石の大名屋敷の重厚感が感じられます。

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三重塔 ひこにゃん」は、この豪徳寺の招き猫がモデルになっている。

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世田谷城

南北朝時代に吉良氏が足利基氏から世田谷領を拝領。世田谷に本拠を置いた武蔵吉良氏が代々居を構えた。以後、天正18年(1590)北条氏が滅亡するまで吉良氏が居城とした。

世田谷城は経堂台地から南に突き出た舌状台地上あり、城域の三方を取り囲む様に麓を烏山川が流れ天然の堀を成していた。豪徳寺付近に本丸を置き、現在の世田谷城阯公園付近まで城域が拡がっていたものと思われます。

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栃木県立文書館企画展 「戦国時代の北関東を巡る争い」

宇都宮氏・小山氏らの地域権力や北条氏・上杉氏らの戦国大名が発給した文書を中心に展示し、戦国期北関東の複雑な戦局を示していきます。多くの皆様の御観覧をお待ちしております。

令和2(2020)年10月24日(土曜日)から令和3(2021)年10月17日(日曜日)まで

詳しくはこちらのサイトへ

http://www.pref.tochigi.lg.jp/m01/houdou/02monjokikakuten.html

この記事は

「Webサイト:栃木県立文書館」

「URL:http://www.pref.tochigi.lg.jp/m01/houdou/02monjokikakuten.html」より引用しています。有難うございます。

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「江戸切絵図」と「浮世絵」で江戸時代にタイムスリップ 5

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本所絵図       ①                  本所絵図 

 睡蓮を浮かべた水面、柳、そして池にかかる太鼓橋。モネはこの組み合わせを主題に18点もの作品を描いています。

広重の原画を、ゴッホがキャンバスの上に拡大模写したのです。

 芥川龍之介幼年時代から十代後半まで過ごした屋敷

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本所深川絵図              芝口南西久保愛宕下之図

【 長谷川平蔵にとっては就任以来、はじめての〔市中見回り〕であった。

平蔵の足は本所へ向かった。

本所には、彼の〔青春〕がある。

亡き父・長谷川亘雄にしたがい、父が町奉行となった京都へおもむくまで、長谷川家は本所・三つ目に屋敷があった。

鬼平犯科帳』本所・桜屋敷 池波正太郎 】

長谷川宣以平蔵の屋敷跡には、約五十年後に江戸北町奉行南町奉行となる遠山景元(ご存知桜吹雪の遠山の金さん)が居を構えた。

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芝三田二本榎高輪辺絵図

江戸薩摩藩邸の焼討 

慶応3年12月25日(1868年1月19日)、三田の薩摩藩江戸藩邸庄内藩などによって焼き討ちされました。鳥羽伏見の戦い戊辰戦争の直接の引き金となった事件です。

― 板垣退助「維新前後経歴談」―

私(板垣退助)が戊辰戦争後に再び西郷(隆盛)君と会ふた時、西郷君は『板垣さんと云ふ人は恐ろしい人よ。他人の所へあんな物騒な浪士を放り込んで戦争をおツ初めさせるとは、深慮遠謀。… 何とも恐ろしい人よ』と茶化して私に言ふので『それはさてさて人聞きが悪い。近頃迷惑千万な話ぢやが、之を統御された先生(西郷)こそ随分と危険な御仁であつたやうに思ひまする。…とにかく首尾は上々、あれは好機幕開けでござりましたな』と申し上げたら、西郷君は呵々大笑したのを覚へてをります。(中略)あの江戸での浪士騒ぎが戊辰戦争の幕開けであつたと思ふてをります。

沙浜 落語の「芝浜」舞台

 やがておずおずと酒をついだ湯呑みを手にする。そして一旦湯呑みを口元に運ぶが、不意に手を止める。「よそう。また夢になるといけねえ」

古今亭志ん生古今亭志ん朝立川談志立川志の輔の「芝浜」がいいですねぇー。

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神田浜町日本橋北之図 築地八町堀日本橋南之図 京橋南築地鉄砲洲絵図 番町絵図

幕末江戸三大道場

「技の千葉」玄武館 道場主・千葉周作 北辰一刀流

神田於玉ヶ池(大千葉) 

主な門人 山岡鉄舟清河八郎藤堂平助山南敬助、森要蔵、平手 造酒

桶町千葉道場 道場主・千葉定吉 桶町八重洲(小千葉)

塾頭・坂本龍馬

「位の桃井」士学館 道場主・桃井春蔵 鏡新明智流

大富町蜊河岸

主な門人 塾頭・武市半平太岡田以蔵、山本琢磨、田中 光顕

「力の斎藤」練兵館 道場主・斎藤弥九郎 神道無念流 九段坂上

主な門人 塾頭・桂小五郎高杉晋作井上聞多伊藤博文品川弥二郎

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赤坂絵図   京橋南築地鉄砲洲絵図   芝口南西久保愛宕下之図 芝三田二本榎高輪辺絵図

勝海舟 幕末の三剣士といわれた島田虎之助に入門し直心影流免許皆伝

福沢諭吉 立見新流居合免許皆伝(達人の域)

日清戦争頃にある新聞社が企画した剣客達の座談会において、物故存命を問わず幕末「最強は誰か」という話題になった際全員が口を揃えて彼の名を挙げたとされる。

安政5年(1858)、福澤諭吉は中津藩から江戸出府を命じられ江戸の中津藩邸で蘭学を教えた。この蘭学塾「一小家塾」がのちの学校法人慶應義塾の基礎となったため、この年が慶應義塾創立の年とされている。 

慶応4年に元号をとって「慶應義塾」と命名

しかし、こう見て見ると幕末の志士は本当に文武両道でしたね。

本日もブログを見て頂きありがとうございます。 感謝申し上げます。お城でお会いできる日を楽しみにしています。

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