現在地 会津若松城 本丸 太鼓門(追手門)
本丸 太鼓門(追手門) 現在地 太鼓門より見る天守
太鼓門(追手門)より見る天守
現在地 会津若松城 本丸 西中門
鐘撞堂 西中門より見る天守
このお堂の鐘を撞いて、時刻を報らせる時守。
戊辰戦争、1ケ月の籠城中も普段と同じように正確に打ちならされました。
鐘が撞かれているという事は城が落ちていない事だと会津藩士たちは、その鐘の音で士気を高められ、その為、時守は新政府軍の標的とされ次々と倒れました。しかし開城まで、その鐘が絶えることはありませんでした。
余りの正確さに、包囲した敵兵も懐中時計を合わせる始末だった (種子島清之助による)。
当時の武家の端に連なる者の心構えというか、性根がよくあらわれていてこれだけでも小説が書ける。と『會津士魂』を書いた早乙女貢なら言うでしょう。多分。
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