●現在地 井戸跡腰郭竪堀
●現在地 南三の郭屛風折り
●現在地 帯郭
●現在地 食い違い虎口
虎口の類型
平入り虎口
もっとも基本的な形態は平入りと呼ばれるもので堀、土塁(石垣)などで曲輪を構成してその真正面に虎口を備えるものであった。この場合、大軍で押し寄せた寄せ手を正面から防ぐことになり城側に不利となる。
そこで特に中世山城では虎口前面を急な坂とすることで寄せ手の勢いを削ぐ構造が採られた。これを坂虎口(さかこぐち)などという。
虎口の内側に「蔀(しとみ)」や、虎口の外側に「芎(かざし)」と呼ばれる一文字形(一直線)の防塁(土塁や石垣など)を構築し、前面から郭内が容易に視認できないようにしたものも現れ、一文字虎口(いちもんじこぐち)と呼ばれた。
喰違虎口 食い違い虎口
合戦が大規模になってくるとさらに虎口の重要性は増し、城郭の防衛力向上のため、堀、土塁、石垣の配置に工夫が施されるようになる。喰違虎口(くいちがいこぐち)は土塁や石垣を平行ではなく、食い違いにすることによって、開口部を側面に設け、攻城側はS字、N字、Z字の進路を取らざるを得なくなり、さらに側面からの射出攻撃も受けやすくなるという構造となっている。
枡形虎口
戦国末期には西日本を中心に枡形(ますがた)と呼ばれる虎口が現れた。これは虎口の前面に方形の空間を設け、そこに門や口を2重に構えることで、攻撃側は枡形内部に侵入しても2番目の門に城内への侵入を阻まれ、枡形内部で守備側からの攻撃を全面に浴びることとなる。
枡形には内枡形(うちますがた)と外枡形(そとますがた)がある。内枡形は、曲輪の虎口の内側に小さな方形空間を造り第二の門を築く。ここに入り込むと寄せ手は3方向から囲まれる。外枡形は、主な曲輪の虎口の外に地続きの小さな方形空間を張り出させ、最前にもう1つの門を開いたものである。
枡形の門は、最前の門とその後方の門の2つが開かれる。最前の門を高麗門、その後方の門を櫓門としたものが基本的な形状であると見られているが、後方の門のみで最前の門がないものや、最前の門のみのものもある[5]。
近世城郭はその多くが枡形、あるいはそれに類する虎口を備え、侵入した攻撃側が容易に直進できないようにするため右折または左折構造を採る場合が多い。
馬出
枡形とは別に東日本を中心に発展した虎口の形態が馬出(うまだし)である。堀に面する虎口の外側に、弧状またはコの字型に土塁や石垣を積み、出入りできる部分を残して周りに堀を穿つとできる小規模な曲輪である。これが大型化したものを馬出曲輪という。 ウィキペディア(Wikipedia)より引用
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