東西四間×南北三間で、柱と舞良戸という横に桟を打った薄い板戸だけの建物です。外には朱塗りの回縁(刎ね勾欄)がめぐらされ又船底天井と風流な造り。まさに月見櫓といった味わいある部屋になっています。
北・東・南の舞良戸を外すと三方が見渡され、各方面の外の景色を眺めることが出来ます。月見をするときは、畳敷きにして東から昇る月を愛でたのでしょう。
3代将軍家光が寛永11年(1634)に上洛し帰路に善光寺参詣の後、宿城として松本城を宛てることになりました。松本城主・松平直政は、急遽寛永10年(1633)から辰巳附櫓、月見櫓の普請にかかりました。しかし、家光は中山道木曽路に落石があり、来松しなかったといいます。
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