san-nin-syuの城旅

san-nin-syuの城旅

「歴史を廻る会」の活動の様子をお伝えします。

縄張図片手に廻る彦根城 開発前の彦根城下

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彦根御城下惣絵図」

 天保7年(1836) 彦根藩普請方により作製された彦根城下町全体の図

本絵図は、堀や道路、藩施設・居宅・寺院の間口・奥行まで寸法の書き入れがある藩の公式な図面 

「御城内御絵図」

文化11年(1814) 彦根城第1郭、すなわち内堀より内側の「御城内」を描いた図。本図は、文化11年(1814)、普請奉行が旧図を改正して作成した公的な図面。建物や石垣・堀など実寸が書き込まれ、城郭を管理する上で基本となる図だったことがわかる。

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芹川(せりかわ)は、滋賀県東部(湖東地域)を流れる淀川水系一級河川。「善利川」とも表記される。

彦根市市街地の南を潤しつつ琵琶湖へ注ぐ。現在の彦根市内の流路は、彦根城の城下町建設に際して1603年慶長8年)に井伊直継が付け替えたもので、それ以前は現在の彦根市街を縦断して松原内湖に注いでいた。この付け替えによって城下町建設の用地が確保され、また芹川は城下町の南の防衛線となった。

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彦根城白黒写真(古絵はがき、古写真)開発前の彦根城周辺の様子が分かります。ウィキペディアWikipedia)から転載したものです。有難うございます。

本日もブログを見て頂きありがとうございます。 感謝申し上げます。お城でお会いできる日を楽しみにしています。

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